第1話〜油断大敵〜
 
 
 
 とある雪山。寒さは厳しいが多様な生物がいる。草食獣のガウシカ、ポポ、ブルファンゴなど、当然、それらを捕食する肉食獣も存在している。時には飛竜さえ現れる。古龍の目撃報告まである。
 その雪山の一角、大きく開けたところに、1人の少年がポポに向かって歩み寄っている。
 突然、ポポ達が鳴き声を上げながら走り去っていく。
(狩ろうとしてるのがバレたか…?)
 普通、ポポはハンターが寄ってきただけでは逃げない、攻撃すれば話しは別だが。
(おかしいな…)
 疑問に思いながらも、ポポ達に向かって走ろうとした。
 その時、それが…
 
 舞い降りた。
 
 
 
 
 高めの身長、少し大人びた顔に短く切り揃えた黒い頭髪。ダンはポッケ村に住民の普段着でもある、マフモフというガウシカの毛皮で作られた防具を着ている。暖かく、雪山での活動には最適である。また、精霊の加護を受けているらしく、たまにであるが、どんな攻撃でも軽傷で済むことがある。
 ダンは新米ハンターの誰しもが初めに手にするであろう、片手剣のボーンククリを装備する。新米ハンターが使うだけあって、威力も切れ味も酷い。製作に必要な素材や資金は非常に少ないが…
 アイテムポーチに回復薬と砥石だけをいれ、ダンは外に出た。
 父、ヴァンの遺品である、素材や道具、武具は残っているが使わないことにした。使う、ということはヴァンの力に頼っていることになる。
 自分の成長のためにも使わない。
「さて、村長のとこに行くか」
 つぶやき、歩き出す。
 2年前にヴァンが死んだ後に、ハンターになるために訓練を受けた。教官のもとで訓練を受けていた。そして今日は初陣である。本当は、もう1年はじっくりと訓練をするはずだったのだが、ヴァンの死後に村に来たハンターがモンスターとの戦闘で負傷し、引退せざるをえなかったため、当初の予定よりも早く訓練を終らせ、ハンターになることになった。もともと、ダンは飲み込みが早かったため、そこまで問題にはならなかったが。とはいえ、経験不足は否めないが…
 村長のもとに行く途中にそのハンターに出会った。
 名前はブレタ、これといった特徴も無く、いかにも平々凡々という感じだ。
「おお、ダン!今日の初陣はがんばれよ!緊張しすぎるな、落ち着いていけば大丈夫だからな!」
 という励ましにダンは
「ありがとうございます。がんばります」
 と、笑顔で応えた。
 しかし内心
(たいしたことなかったんだろうなぁ…この人)
 なんて思っていたが、顔には出さなかった。
 ブレタは引退後に、以前使っていた武器をダンに渡した。だが、新米ハンターが使うようなものしかなかった。今、ダンが装備しているボーンククリもそうである。他のも似たようなものばかりだった。量としては多いが、どれも店で売っているようなものばかりだった。
 さらには、ポッケ村に来て1年もたたないうちに引退。本当にたいしたことはなかった。
 そんなこと、誰も本人には言わないが…
 ブレタと分かれるとすぐに村長の姿が見えた。
 ポッケ村の象徴である、巨大なマカライト鉱石の前で、焚き火をしている。村長はかなりの高齢の女性で、背が低く背中が丸い。いつもその場所で村を見守っていて、村人に慕われている。
「おはようございます」
 ダンが挨拶をする。
「おお、来たかい。おはよう」
 村長も挨拶を返す。
「では、さっそく」
 ダンは緊張しながら、村長の声を待つ。
 今日はダンの初陣、つまり、ハンターとしての最初の依頼を受ける日だ。
「………」
 訓練中も実地演習等はあったが、必ず教官が伴っていた。しかし、今日は1人だ、当然、緊張する。自分のミスをカバーしてくれる人が、守ってくれる人が、誰もいないのだから。
「今日の依頼は…ポポノタン3個の納品じゃ」
「…………は?」
 告げられた内容に耳を疑わずにはいられなかった。
(ポポノ…タン…?)
 ポポといえば体は大きいが、こちらに向かって攻撃してくることは、ほとんど無い。ただの草食獣だ。
「えっと…?」
 ダンが聞き返す。
「だから、ポポノタン3個の納品じゃよ」
 もう1度村長が言う。
「それだけ…?」
「そうじゃ」
「ポポノタンって、ポポノ舌ですよね?」
「うむ」
 ダンはうなずいて言った。
「だが断…ぐっ…!?」
 ダンの言葉は最後まで続かなかった。村長が杖でダンの腹を突いたからである。
「いや…でも…初陣なのにこんな…」
「では、よろしく頼んだぞ」
 村長が無視して言う。
「…無視ですか……」
 ダンが溜め息をつく。
「そうそう、今日はポポが山頂付近にいるようじゃからの」
「山頂に?なんで?」
 ポポは普通、雪山の麓にいる。その方が肉食獣が少なく、食料もあるからだ。
「分からん…。一応これを渡しておくからの」
 ダンに閃光玉を渡す。
「気を付けるんじゃのぉ」
「分かりました………ハァ」
 受け取った閃光玉をアイテムポーチにいれ、村の外に向かう。
 村から出るまでに数人の村人から声をかけられた。
「がんばれよ!」
「気をつけてね!」
 など
(ポポノタンの納品だけなのにね…)
 ダンは目的地に向かった。
 
 
 
 支給品を取る。応急薬に携帯食料、携帯砥石をアイテムポーチにいれる。
 ダンがいるのはベースキャンプだ。BCと略されることもある。
「おっと、地図忘れてた」
 再び支給品箱を開け、地図を取り出す。地図には細かく地形が書かれており、モンスターと戦いやすい場所には印がつけられている。
「さて、さっさと終らせるか」
 軽く腕を回し、ベースキャンプを出て行く。
 麓には、やはりポポの姿は無い。
「うーん、やっぱりいないか」
 山頂を目指し歩いていく。この雪山は低いため、すぐに山頂に着く。
 道中にはギアノスもブランゴもいなかった。
「おかしいなぁ…」
 山頂付近の開けた場所に出た。そこにポポがいた。
 雪から出ている少量の葉を食べている。ここにいる以外には変わった様子は無かった。
 ダンがポポに歩み寄ろうとする。
 しかし、ポポ達が突然に、鳴き声を上げ、走り去っていく。何かに怯えているように、逃げるように。
「いつもは逃げないのに…何でだ?」
 ダンがポポを追いかけようとしたが、止まった。
 突然、巨大な物体が落ちてきたからだ。
 風圧で雪が舞い上がる。
 雪がおさまり、ようやく姿が見えた。
(なッ……)
 ダンは目を見張る。
 それは飛竜だった。しかし、飛竜なのにもかかわらず翼は無い。代わりに両前足に翼膜がついており、滑空できるようになっている。
ティガレックス?!」
 原始的な風貌に、強靭な四肢と棘の付いた太い尾、牙と爪は硬く鋭い。大地が揺れるほどに轟く咆哮から、轟竜とも呼ばれている。本来なら砂漠に生息しており、そのため体表が砂のような黄色である。だが、黄色一色ということはなく、青い模様があり迷彩服のようになっている。その模様は、興奮すると赤くなる。
 額から鼻の右横にかけて、大きな傷跡がある。以前にハンターにつけられたものだろう。
 ティガレックスがこちらに気づく。
「くそッ…!」
 ティがレックスは熟練のハンターでも手こずる相手だ。新米ハンターのダンが敵うはずがない。
 ダンが逃げ出そうとする。
 だが、逃げ出す前にティガレックスは両前足を広げ、地面をしっかりと掴み、上体を反らしていた。
 そして、咆えた。
ゴォオオオオオオオオオオオ
 地面が揺れる。
 ティガレックスの周りの雪が波紋のような跡を残している。
 その巨大な咆哮に、ダンは恐怖で動けなくなる。ティガレックスに向かって立ち尽くすことしか出来ない。
 ティガレックスは右前足を引くと、地面をこするように雪を押し飛ばす。3つの大きな雪の塊がダンに向かって、放射状に飛んでいく。
「ヤバッ…」
 我に返ったダンが横に思いっきり飛ぶ。ギリギリで回避が間に合った。雪は氷のように固まっていた。直撃していれば死んでいただろう。
 ダンが体勢を立て直す前にティガレックスが突進してくる。
 ダンはすぐに立ち上がり、走って避ける。
「あぶな…って、んな!?」
 ティガレックスは右前足を軸にして垂直に曲がり、突っ込んでくる。
 走っても避けきれない。
 ダンはギリギリまでひきつけ、また横に飛び込む。止まらずに立ち上がる。
 少し先でティガレックスが止まった。すぐに振り向き、体勢を低くしたかと思うと、一気に飛び掛ってきた。
「ッ…」
 ダンが横に転がり避ける。ダンがいた所がえぐれている。
(どうするっ…)
 走り、距離をとりながら、考える。
 ティガレックスはもう突進し始めている。
(閃光玉…!)
 ダンがアイテムポーチから閃光玉を引っ張り出し、投げ、目を閉じる。
 一瞬で強烈な光が辺りに満ちる。
 視力を奪われ、ティガレックスの動きが止まる。
「よし!」
 その隙にダンは逃げ出した。
 
 
 
 ティガレックスから隠れながら、ポポノタンを3個集めた。
 そして、今は、それを持ってベースキャンプに戻ってきている。
「ハァ……」
 ポポノタン3個を納品して、溜め息をつく。
「帰ろ…」
 帰路についた。
 
 
 
 村に帰ると、村人達が出迎えてくれた。
「お帰り!」
「大丈夫だったか?」
 みんな笑いながら迎えてくれた。
 だから、ダンも笑顔でそれに応えた。
 村長のもとに向かう。依頼を達成したことを、何よりティガレックスのことを報告しなければならなかった。
 ダンが近づくと村長が気づいた。
「おお、戻ったのかい。死ななかったようじゃの」
「はい、あと報告したいことが……って、は?」
 死ななかったようじゃの?ポポノタンの納品でそんなこと言うか?…もしかして、ティガレックスのこと知ってたのか?!知ってて黙ってたのか?!という思いは押しとどめる。
 なんてはずもなく、ダンは言う。
ティガレックスのこと、ま・さ・か、知ってたってことはないですよね?」
「知っておったよ」
「んなっ!?こんのババァ…」
 ダンがキレた。もう少しで死ぬところだったのだ。キレてもおかしくない。
「まぁ、おちつくんじゃのぉ」
「落ち着けるかあああああああ!」
 ダンが叫ぶが、村長は
「お前が文句なんか言わなければ、言うつもりだったんじゃがのぉ」
「意味が分からん!死ぬところだったんですよ!」
 村長が言う。
「お前は、ポポノタン3個の納品だから、と油断していたじゃろぉ。狩りでは何が起こるか分からん。そのことを身をもって学ぶことができたじゃろう?そのためじゃよ」
 納得出来ない様子なダンが言う。
「だからと言っても、酷すぎるでしょう!死に掛けたんですよ!」
 それに対して村長は
「まぁ、これで死んでいたら、その程度だったということじゃな。結局、そのうち死んでいたじゃろうの」
 ハンターとして生きていくなら、今回のようなことには何度も会うことになるだろう。村長のいうことは間違ってはいない。
「それは、そうかもしれませんが…」
「それに閃光玉も渡してやったじゃろう?」
 確かに閃光玉のおかげで逃げ切れた。ティガレックスのことを知っていたとしても、遭遇すれば、閃光玉なしじゃ逃げられなかっただろう。
「確かにおかげで逃げられましたが…。……ああ!もういいです!」
 ダンは、何を言っても無駄だ、と思った。
「報告しましたからね」
 そういってダンは家に向かう。
「…ハァ…もう寝よう」
 疲れた様子でつぶやいた。